思春期の発症が多い「社交不安症」 治療のポイントは? 専門家による解説

対人関係において強い不安を感じ、日常生活に支障をきたす精神疾患「社交不安症」。赤面恐怖、会食恐怖、スピーチ恐怖などさまざまな症状が見られ、全国におよそ200万人の患者がいるとされています。しかし、うつ病や統合失調症などに比べ「性格の問題だ」と思われてしまいがちで、適切な治療法につながることができない人も少なくありません。社交不安症は病気であり、治療法や予防法があること。そして、社交不安症に関する歴史や問題点などについて、千葉大学大学院教授で精神科医の清水栄司さんに聞きました。

清水栄司(しみず えいじ)
千葉大学大学院教授、精神科医。千葉大学医学部附属病院 認知行動療法センター長を務める。社交不安症に詳しい。

もくじ  


人に見られることに強い不安や恐怖を感じる

―社交不安症はどのような病気なのでしょうか?

対人場面で強い不安を感じるために、毎日の生活に困ってしまう心の病気です。とくに、人前に出て注目される場面を極度に恐れて緊張します。人によって、自分の顔が赤くなるのが怖い、声が震えるのが怖い、手が震えるのが怖いなど、症状はさまざまです。

―人前で緊張することは誰もが経験することだと思います。社交不安症はどのような点で病気だと言えるのでしょうか?

どんな人も対人関係で緊張するのは当たり前ですよね。ただし、対人関係の緊張のために学校に行けなくなってしまう、仕事に行けなくなってしまう、そのぐらい毎日つらくてしょうがないという強い不安を感じている点が違いになります。
たとえば、100人の前で発表しなければいけなくて、その前日や当日に緊張してしまうというのは誰にでもよくあることだと思います。でも、学校の級友の前で発表することや、3人グループの中で何か話をすることがすごく不安だという状態は、社交不安症といえるものです。

また、社交不安症の人は、大勢の人が集まっている場所にあとから入るのもすごく苦手だという方が多いですね。教室でみんながワイワイしているときにあとから入っていく場面や、大人だと飲み会などの集まりにあとから入っていく場面なども、すごく緊張するという方がよくいらっしゃいます。

健常と病気の違いは、程度、持続期間、日常機能障害の有無によって判断します。不安・緊張の程度が非常に強いこと。持続する期間が毎日のようにずっと半年間以上続いていること、そのために日常機能が障害されていること、などが診断のポイントになります。

―社交不安症にはどのような症状や種類が見られるのでしょうか?

症状が明らかになりやすいのが、人前でのスピーチに不安を感じる「スピーチ恐怖」です。汗びっしょりになるのではないか、声が震えるのではないか、頭が真っ白になりしどろもどろになるのではないか、などと外見的な変化に強い不安を感じます。外見的な変化は周囲の人から見てわかってしまうもので、スピーチ中ならなおさらです。そのため、不安を感じるスピーチの場面を回避しようとします。

社交不安症の症状はほかにも、人前で顔が赤くなることが怖い「赤面恐怖」、他人の視線が怖い「視線恐怖」、人前で食事をとるときに、箸やお椀を持つ手が震えることが怖い「会食恐怖」、人前で字を書くときに手が震えることが怖い「書痙(しょけい)」、人前で汗が出ることが怖い「発汗恐怖」などがあります。

これらスピーチ恐怖、赤面恐怖、視線恐怖、会食恐怖、書痙、発汗恐怖などは症状の名前で、これらの症状を持つ人が「社交不安症」という病気であると理解してもらうと良いと思います。

社交不安症といっても、どのような場面で不安を感じるのかは、人によってある程度違いがあります。ただし、共通しているのは人から見られていることに不安や恐怖を感じること。人間は、不安や緊張があると、身体にいろんな反応が出てきます。胸がドキドキするとか、息がハアハアするという反応もあり、それ自体は他の人から見てもあまり分からないことですが、不安や緊張で身体が反応して赤くなったり、震えたりすると他の人から見て分かってしまいます。「身体に出た反応が他の人から見て分かっちゃったらどうしよう」というところが、また不安になるという問題があります。人に注目されて恥ずかしい、恥をかいてしまうのではないか、他の人からダメ出しされるのではないか、評価されるのが怖い、というところがあると思います。

 

思春期に体験した恐怖に苦しみ続けることも

―日本では社交不安症はどのぐらい患者がいて、どのような人が多いのでしょうか?

だいたい2パーセントのくらいの方が社交不安症だというデータがあります。日本の人口で計算すると、全国で200万人くらい、うつ病に次いで多いという結果になります。非常に身近な病気だと思っていいと思います。うつ病などの陰に隠れていて見つけられていないケースも多く、外来にもたくさん患者さんがいらっしゃっています。

発症するのは主に思春期です。しかし、15歳くらいで始まって、すぐには治らず10年間くらい医療機関につながらないまま苦しんでいる方が多いのが現状です。20代、30代になってやっと医療機関で診療を受けたという方も多くいます。

なぜ思春期に発症することが多いのかというと、思春期の始まりである小学校高学年から中学生くらいになると、自分がどんな存在かを意識して、他の人と違うことがだんだんわかってくるようになります。そうすると、だんだん自我が目覚めて、「他の人からどう見られているんだろう」と気になりだし、社交不安症の問題が始まってくると考えています。もともと本人が不安になりやすい気質や感受性を持っている部分もありますが、人前で何か恥をかいてしまった経験がすごくネガティブな形で記憶に残ってしまい、その後も恐怖が続くケースは少なくありません。

社交不安症の人は、「人間関係をきちんとやらなければ」というような完璧主義的なところがあり、自分を追い詰めてしまう部分があるように思います。不安になると顔が赤くなったり、手が震えたり、声が震えたりと体に反応が出るのは当たり前のことなのですが、「そうなってはいけない、ほかの人に気づかれてはいけない」という自分にプレッシャーを与えるような考え方をすると、余計に不安になるわけです。不安になるから赤くなるし、震えてくるのですが、それに気づかれてはいけないと思うことで、また不安になって身体に反応が出る。この悪循環がどんどん症状をひどくすることに、社交不安症の人はなかなか気づけません。そこに気づいてもらうことが、治療のポイントになります。

―社交不安症が起きているとき、脳はどのようなメカニズムなのでしょうか?

社交不安症の人の脳では、恐怖感や不安感などの感情を司る扁桃体が通常よりも過剰に活動しているために、不安や恐怖が強いと考えられています。また、前頭葉が扁桃体の活動を抑えきることができずに、扁桃体の過剰な活動が続いて、不安や恐怖が強くなるとも、考えられています。

思春期の脳は、中高年の脳と比べて、不安感受性が高まるといわれています。大人よりも、思春期の若者のほうが、人間関係の不安を過敏に感じるところがあるのだと思います。

―社交不安症の治療法や予防法はあるのでしょうか?

治療法としては、薬による治療と、精神療法(心理療法)があります。薬による治療は、「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」(通称SSRI)という、いわゆる抗うつ薬での治療が推奨されています。一方で、精神療法には認知行動療法という治療法があります。話をするなかで、考え方や行動のバランスをとり、悪循環を治していくようなセラピーを勧めています。

予防法としては、社交不安症は主に思春期に発症するということもあり、なるべく小学校高学年くらいで不安と上手に付き合う方法を学んでいただきたいと、認知行動療法の授業などに取り組んでいます。不安になるのはある意味当たり前であって、それが他の人にわかったからといって、何も悪いことはないという考え方を、みんなで共有できるといいかなと思っているところです。

なかなか社交不安症が病気だと理解されていないところがあり、「恥ずかしがり屋や、あがり症の性格だ」とか、「性格だから仕方ない」のように一人で悩んでいる方も多いと思います。社交不安症は治療法がありますし、ある程度予防もできると考えていますから、とても勇気がいることは確かですが、ぜひ相談していただきたいですね。

 

「対人恐怖症」から「社会不安症」へ 変わる海外の認識

―そもそも社交不安症はいつからあるのでしょうか?

歴史的には古代ギリシャ時代から人に対する恐怖症という考え方もあったようですが、「社交不安症」という言葉自体ができたのはごく最近です。

日本では、1930年代から「対人恐怖症」という言葉がありました。精神科医の森田正馬が自身の神経質に悩み、対人恐怖症という病名を使ってその治療方法を研究していたのです。それがのちに「森田療法」となりました。

森田が研究していた対人恐怖症にも、やはり「人から見られるのが怖い」という症状がありましたが、一方で、「自分の視線が相手を不快にしてしまうのではないか」という不安もあるとされています。また、自分の匂いが人を不快にしているのではないかという「自己臭恐怖症、自己臭妄想」も知られていて、これも対人恐怖症との関連が考えられています。当時は、日本の独特な文化のなかで、対人恐怖症という特殊な病気があるのではないかととらえられていました。

そういう意味では、対人恐怖症は日本では当たり前に研究され、治療されてきました。しかし、海外ではなかなか理解されず、恐怖症の一種という認識にとどまっていました。

ところが、日本での研究やアメリカでの大規模な疫学調査もあり、だんだんアメリカやイギリスでも「social phobia」(社交恐怖/社会恐怖)という考え方がだんだんに整備され、診断として挙げられるようになりました。それまではざっくりと「恐怖症」という言い方だったものが1980年、米国精神医学会が発行しているDSM-Ⅲ(精神疾患の診断・統計マニュアル改訂第3版)ではじめて「social phobia」として記載されました。1994年には、DSM-Ⅳ(精神疾患の診断・統計マニュアル改訂第4版)で「social anxiety disorder」と記載され、それが現在の「社交不安症」の由来となっています。


DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)
DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)

―日本独自の病気だと思われていた症状が、実は日本以外にも通じるものだと理解されたのですね。

日本での研究が、欧米にも同じような症状があると伝えたのはすごいことです。社交不安症については、日本での研究は先進的だと誇ってよいでしょう。そして、日本の精神医学者が長年研究してきたテーマが、欧米の方に注目されることによってさらに発展していると思います。多様な文化のなかではいろいろな考え方があり、その考え方によって社交不安症の症状が異なるというところも、今後は世界的に研究していかなければならない点ですね。

 

社会のあり方が社交不安症に与える影響

―社交不安症が発症する背景として、学校生活などでのストレスが関係しているのでしょうか?

今の社会は、コミュニケーションをすごく求められますよね。少し前ですと、とくに日本社会は「沈黙は金」ということで、寡黙なことも一つの個性として尊重されていたように思います。欧米は違っていて、たとえば講義中に発言しないと出席扱いにならないというような話も聞きます。グローバル化のなかで、コミュニケーション重視の風潮が日本にも広がってきているので、社交不安症の方にとってはプレッシャーがかかっているかなとは感じます。
実際にアメリカの疫学調査では、社交不安症の有病率がアメリカでは10%と、日本よりもずいぶん高い数字が出ています。アメリカ人の社交不安症の方が、いかに強いプレッシャーにさらされているかが気がかりです。

―社交不安症は、個人の気質だけではなく、社会のあり方からも影響を受けるのですね。

近代の日本や欧米のコミュニティーのつくり方や、子どもの育ち方などは、僕の世代と今の子どもたちではかなり違うのではないでしょうか。とくに最近は、「デジタルネイティブ」という言葉もあるように、生まれながらにスマートフォンを触っている世代もいます。そうしたインターネットを介したコミュニケーションなども含めると、スピードが速くなり、いろんなコミュニケーションの取り方ができるようになりました。そうした環境における人間関係のストレスは、やはり大変なんだろうなと思います。

社交不安症は、うつ病などに比べるとまだまだ知られてない病気なので、一人で抱え込んでしまいがちです。そういう意味では、親御さんや先生が「社交不安症かもしれない」と気づき、支援の手を差し伸べていただきたいですね。社交不安症の患者さんが早く治療法にたどり着いて、感じている生きづらさが少しでも減るといいなと考えています。

 

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