解離性障害とは 基礎情報・支援情報

もくじ

潜在的な患者数は少なくない

長年、解離性障害の患者の治療にあたってきた専門医・岡野憲一郎さんにお話を伺いました。

解離性障害の症状としては、主なものとして以下の四つがあります。それらがひとりの人に重なって現れることもあります。

①解離性同一障害:複数の人格が入れ替わる多重人格として知られる。
②解離性健忘:記憶の一部分が飛んで、思い出せなくなる。
③解離性遁走:ふだんの生活圏から離れて、知らない場所に行ってしまう。
④離人症:自分や世界についての現実感がなくなってしまう。


解離性障害は「100人に1人の割合で発症する」というアメリカでの研究データもあるくらいで、実はありふれた病気だと考えられています。しかし、患者は解離性障害であることを隠すことが多く、症状も複雑で診断も難しく、発症率1%という数値は正確な統計データというよりも推計値です。潜在的な患者数が少なくないことはわかっていますが、その実態は十分に明らかにはされていません。

人間の心はマルチ・ネットワーク

解離性障害は、あたかも本人が自作自演しているような印象を与えることがあります。突然、別人格に変わってしまったり、家族の顔を思い出せなくなったり、知らない場所に行ってしまったり。しかし、しばらくすると何事もなかったように、その症状がおさまってしまうこともあります。詐病や虚言ではないかと疑われることも少なくありません。番組でも当事者のくわまんさんからは、「思い込んでいるだけではないの。病気のせいにしたいだけなのではないの」と周囲から否定的なことを言われて困惑したという発言がありました。

岡野さんは、「解離性障害は常識では理解しがたい面がありますが、コンピュータの比喩で説明するとわかりやすい」と話します。

岡野さん : コンピュータはCPUだけで成り立っているわけではなく、モニターやスピーカー、記憶装置やプリンターなどの周辺機器とつながって機能を果たします。そのネットワークの接続が切れてしまうと、周辺機器が働かなくなったり、連動した動きができなくなってしまいます。脳がそういう状態に陥るのが解離だと、私は理解しています。

画像(岡野さんが解離性障害の説明の際に使用するコンピュータと周辺機器の図)
岡野さんが解離性障害の説明の際に使用するコンピュータと周辺機器の図


他の精神障害の場合は、コンピュータ機器そのものがオーバーヒートしてプログラムが終了できなくなってしまったり、動かなくなってしまったりするので、休ませて修復させる必要がありますが、解離性障害の場合には、不具合が生じても、接続が戻れば機能は元通りになると言います。

岡野さん : 解離性障害が他の精神障害と大きく違うのは、スイッチングと言って、その症状が急に現れたり、急に消えたりすることです。例えば、別人格が暴れているからと警察を呼んでも、お巡りさんが来る頃にはおさまってしまったりするのです。他の精神障害では、そんなことにはなりません。症状はゆっくりと始まって、治るのもゆっくりです。

解離性障害に見られる記憶が飛ぶという現象も、認知症のように覚えることが難しくなったり、記憶を喪失してしまったりするというよりも、コンピュータ上に記憶が納められたファイルが存在しているにもかかわらず、どうしても開けない状態に似ていると言います。

岡野さん : あるコンピュータにいくつかのアプリケーションが入っているとしましょう。あるアプリケーションを使うとファイルにアクセスできても、別のアプリケーションを使うとファイルにアクセスできない。解離性障害の記憶が飛ぶというのは、そういう状態だと考えられます。

解離性障害を理解するのが難しいのは、私たちの多くが「ワタシ」を人間の根底にある一貫した意識とみなしているからです。しかし、岡野さんは「ワタシ」は脳の中の膨大な神経網が作り出すマルチ・ネットワークから生まれる幻想だと話します。マルチ・ネットワークには、中心などなく、つながりも変化もするし、断絶もします。解離性障害を理解するには、人間の心がもつ複雑性や流動性を反映させた新たな心のモデルが必要だと言うのです。

強い感情の動きが症状を生み出す

解離性障害の原因は、はっきりとはわかっていませんが、生まれもっている素因と、幼い頃のトラウマ体験などによるものと考えられています。もともと解離傾向をもつ子どもが一定数いて、その子たちが何らかの心を揺さぶられる大きな体験をしたことによって、起こると言われています。

岡野さん : いたずらをしてビンタを食らわされる自分の順番が迫ると、ふっと体の後ろに心が抜けて、ビンタされている自分を外側から見るという体験をする子どもがいます。ふつうはならないのですが、100人に何人かはそうなる子どもがいるのです。そんな素因をもった子どもが過酷な体験をすると解離性障害になっていくのです。

トラウマは家庭外でも生じます。岡野さんの患者の中に、政情が不安定な国で小さい頃にとても怖い体験をしていて、そのせいで複数の人格ができてしまって、治療を受けている来日女性がいるそうです。現在ウクライナで戦争が起きていますが、その子どもたちの中にも解離性障害を起こすものが出てくるであろうことは、当然予想されると言います。

 

画像(主人格が運転をしている際にも、後ろには別人格がいます。 主人格は彼らが何をしているのかは知りません。)

主人格が運転をしている際にも、後ろには別人格がいます。 主人格は彼らが何をしているのかは知りません。

子どものときの苦しい体験をそのまま耐えるのではなく、心が体から抜け出して、苦しさを緩和するので、解離性障害にも一定の意味はあります。しかし、その場は解離によって乗り切ったとしても、後にはそのことで日常生活を送るのが難しくなったり、人間関係のトラブルに巻き込まれたりするので、やがては解消していくべき症状だと岡野さんは考えています。

岡野さん : 解離は何の理由もなく起きるわけではなく、強く感情が動くと起こると言われています。緊張感を強いられるときだけではなく、リラックスした状態やカウンセリングを受けているような場面でも起こることがあります。恋人の前で緊張のタガが外れて、幼児のような別人格が出てくるようなこともあります。他にも、道を歩いていて、知らない人がケンカをしているのを見て、解離が起きたという例もあります。

 

平穏な生活で症状は軽快する

生まれつきの資質や幼い頃のトラウマ体験が解離性障害の原因だとすると、生涯逃れられないように感じますが、治療は可能だと岡野さんは言います。特効薬こそありませんが、穏やかな日常を大切にすることで、症状は軽快していくそうです。岡野さんは番組の中で周囲の人が気をつけるべき、3つのポイントを挙げています。

<解離性障害の人に対して気をつけるべきポイント>

①過去のトラウマは聞かない
トラウマを思い出すことが再トラウマになるかも知れないので。でも、本人が話し始めたら耳を傾ける。

②約束ごとは文面で
自分が言ったことを記憶していないことがあるので、お互いに確かめ合えるように。

③普段通りに接する
必要のない先入観は取り払い、怖がらず、ふつうの付き合いを大切にする。

 

岡野さん : 解離性障害は、ありがたいことに、ストレスを経験しないで、平穏な生活を送っていれば、徐々によくなっていくことが多いのです。解離症状は幼い頃に一番起きやすくて、年齢を重ねて、だんだん脳の柔軟性が失われていくと起きにくくなってくるのです。平和な日々を送っていると、別人格が寝てしまって、主人格だけでいられるようになっていくこともあります。


当事者の知らないところで、いろいろなことが起きてしまう解離性障害。周囲から責められるような形で悩みが深まっていき、人間関係の緊張感は増していきます。本人が症状を隠さなければと思うことも大きなプレッシャーになり、さらに症状が継続していくこともあるのです。

 

相談窓口/支援団体/サービスなど

「メンタルヘルス」のページをご覧ください。